『逃げる海星』


・登場人物


学生さん・公務員さん・作家さんは性別を問わない。役者の性別に合わせて、設定や一人称を変更する。


学生さん(22歳)

Fラン大学リベラルアーツ学部の4年生。

就職活動に失敗し、惰性でなんとなく残りの学生生活を過ごしている、フリーター・ニート予備軍。


タレントさん(18歳くらい)

2年前くらいに天然キャラで一世を風靡した女子高生おバカタレント。


公務員さん(30歳くらい)

某有名私立大学を卒業した後、大学院へ進学し「真っ当な人間になりたい」という思いから公務員になった。


主婦さん(40歳くらい)

夫は学校の教師。小学6年生の娘と高校1年生の息子を育て、子供たちを愛する2児の母。


社長さん(50歳くらい)

ものづくり系公立大学出身の女性起業家。自身のセンスと発想力を武器に雑貨や家具、便利グッズなどをデザインしている。


作家さん(年齢不詳)

中卒。小学生の頃から引きこもりになり、高校にも入学できず、その頃からずっと家に閉じこもっていた


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サイレンが鳴っている。けたたましく鳴っている。どうやら国家の危機が迫っているらしい。だが、「何」が起こったのは、わからない。

街のそこら中から、人々の逃げ惑う声が聞こえてくる。

一人の公務員が、倉庫のような物の中に隠れる。


公務員さん「皆さん!ここです!ここに隠れてください!早く、急いで!!!」


公務員の声を聞いた人々が倉庫に逃げ込んでくる。

最後に逃げ込んだ学生が、倉庫の扉を勢いよく閉め、鍵をかける。

倉庫の中は闇に包まれる。

長い沈黙。

学生が手探りで電気をつけ、逃げ込んだ人々が短い悲鳴を挙げる。


学生さん「あっ……。すみません……。」


明りに照らされて、逃げ込んだ人々が明るみになる。

無難なスーツを着た公務員、ラフな格好の若い学生、アイドルのようなフリフリしたタレント、髪が金髪メッシュのヤンママ風の主婦、どぎつい色のスーツを着た派手な社長、段ボールの陰には大きなコートでフードを被った怪しげな人物がいる。

長い沈黙。


社長さん「もうっ!何よ、電話もネットも繋がらないじゃない!」

学生さん「あ。なんかサイバー攻撃かなんかで。ダメみたいです、そういうの。」

社長さん「えっ困るんだけど!今日の打ち合わせどうするのよ。もう。」

学生さん「はぁ。」


社長さんがぶつぶつと文句を言いながら、倉庫の中を物色しラジオを発見する。

慣れた手つきで修理し、電源を入れる。


ラジオ「ただいま、首都圏において『何か』による被害が確認されました。政府から、避難警告が各地方で発令されています。みなさん安全なところに……。」


ラジオからは雑音しか流れなくなる。

逃げ込んだ全員が黙り込んでしまう。

沈黙。


公務員さん「あ、あのう……。タレントさんですよね?女子高生おバカタレントで有名なあっ、ああ、すみません……。」

タレントさん「えあっはい!そうですぅ!もう女子高生じゃないんですけどぉ。」

公務員さん「わぁ~本物だ~!こんなところでお会いできるなんて。」

タレントさん「ほんと、こんなところでって感じですよね~。よくわかりましたね、ブレイクしたの数年前なのに~」

公務員さん「いや~ファンだったんですよ~!あっあっ『だったんですよ』はダメですね、過去形じゃないですよね。」

タレントさん「いいですよ~」

公務員さん「あ、ありがとうございます。」


沈黙。ヤンママ風の主婦が何かを探しに倉庫の奥に入っていく。

しばしの間。ヤンママ風の主婦が戻ってくる。


主婦さん「ねえ、ちょっと、だれか手伝ってくれません?」


間。


社長さん「……しょうがないわね。」

主婦さん「ありがとうございます。」


女二人が倉庫の奥へ入る。


沈黙。耐えきれない公務員。


公務員さん「……こっ、高校卒業なさってたんですね!」

タレントさん「あっ、そうなんですよ~!一年前に卒業しました。」

公務員さん「あっ、じゃあ、いま大学生ですか?」

タレントさん「あ~。大学には進学しなかったんです。」

公務員さん「あっそ、そうなんですね。すみません込み入ったことを。」

タレントさん「いいんですよ~。全然込み入ってませんからぁ~」

公務員さん「あああ、すみません……。」


さらに沈黙。もっと耐えきれない公務員。


公務員さん「あっ、ああ。最近何なさってるんですか?あんまりテレビでお見掛けしないので。あっごめんなさい。」

タレントさん「いいですって~。色んなことやってますよ~!ラジオやったり、グラビアやったり。ついこないだは、地下アイドルも始めたんです!」

公務員さん「へえ~地下アイドルですか。知らなかったなぁ~。」

タレントさん「あっ、今度、ライブやるんですよ!ぜひ来てくださ~い!」

公務員さん「わぁ~ありがとうございます~。(渡されたチラシを見て)へぇ~『今までにないアウトレイジな地下アイドル』ですか~。なかなかパンチ効いてますね。」

タレントさん「そうなんですよ~!『生きにくい現代社会にも、わたしたちは負けない』っていうコンセプトで。」

公務員さん「あっ、意外と社会派なんですね。」

タレントさん「はい。社会派です。」

公務員さん「すごいなぁ。メッセージ性って大事ですよね。」

タレントさん「はい。大事です。ほら、今の社会って、何かと弱い者いじめみたいなところがあるでしょ?マイノリティでもたくましく、元気に活動して、社会から排除されている人たちに希望を与えたいんです!」

公務員さん「お、おお。本当に社会派って感じですね。真面目っていうか。」

タレントさん「何言ってんですか!大真面目ですよ!目指すは『マイノリティの星』ですよ!!」

公務員さん「お、おお。星になっちゃうんですね。」

タレントさん「星です。シャイニングスターです。」

公務員さん「シャイニング。」

タレントさん「しかも、有名なアイドルともコラボさせてもらえて、今、いい感じに軌道に乗ってるんです!いま、そのコラボの練習中で、もう、前進あるのみって感じなんです!あっそうだ、練習に付き合ってくださいません?客観的な意見がほしいんですよね。踊ってみるんで、コメントください。」

公務員さん「えっ、ええ!こ、コメントですか!?。」

タレントさん「(スマホを若い女に渡し)これ、ここ、お願いします。」

学生さん「え、あ。」

タレントさん「ミュージック~~~スタート!!!」


タレントさん、絶妙な下手さで欅坂46の『サイレントマジョリティー』を歌って踊りまくる。

男が慌てまくる。

それを見て、学生さんは耳栓(段ボールの中から発見)をしながらニヤニヤする。

さらに公務員が焦る。

タレンタさんがやりきる。


公務員さん「う、うわあ。シャイニングなスターだ。」

タレントさん「ほんとですかぁ~!うれしいです!」

公務員さん「は、はいぃ。輝いていました。」

タレントさん「ほかには?」

公務員さん「ふぉ、他ですか!?」

タレントさん「はい!」

公務員さん「おぉぉ。えっとぉ~……。」


公務員がまいってしまう。


学生さん「なんか、いい匂いしません?」

公務員さん「へっ!?(くんくん)あっ。本当ですね!」

タレントさん「おいしそうな匂いですね~」


倉庫の奥からさっきのふたりが現れる。

ヤンママ風の主婦の手には鍋と紙コップ。


主婦さん「みんな、お腹すいたでしょ?もし良かったら、スープ食べない?ここ冷えるし。」

社長さん「も~、コンロの火はつかないわ、缶詰は開かないわで大変だったのよ!心して召し上がって欲しいわ。」

公務員さん「あぁぁ、すみませんお手数おかけして。」

タレントさん「わあ~!おいしそう!」

主婦さん「ありがとう~。さっ、冷めないうちに食べましょ。」


全員でスープをよそったり、コップを並べたり準備をする。

準備ができたら、各々「いただきます。」などと言いながら食べ始める。


学生さん「あっ。うまい。」

タレントさん「ほんと、おいしいです~!」

主婦さん「倉庫にあったものをこねくり回しただけだけど。」

学生さん「そうとは思えない味。」

主婦さん「まあ、主婦歴二十年だからね。料理なんてお手の物よ。」

タレントさん「主婦!?お姉さん、主婦さんには見えないです~!」

主婦さん「そお?ま、でも、これは社長さんのおかげよ。いろいろ助けてもらったし。」

社長さん「別にいいわよ。もの直すのとか慣れてるし。」

タレントさん「えっ社長さん?おばさん社長さんなんですか?」

社長さん「おば。失礼ねあんた。そうよ、あんたたちも知っているでしょ。『品質大暴走』ってコマーシャルのやつ。」

若い女「あっ、そこ有名な生活雑貨の会社ですよね。わたしでも知ってます。」

タレントさん「あ~!あそこか~!すごいすね!」

主婦さん「ほんと、ものを探すのも直すのも手際が良くって。それはもう、よっ社長っ!って感じだったわよ~。」

社長さん「まあね。」

若い女「よっ社長~。」

社長さん「なんか、あんたの言い方、癪に障るんだけど。」

男「(今まで思案顔だったのが突然大きな声で)あ!!!これ!!!これ!!!」

社長さん「何よ、いきなり大きな声出して。」

男「あっ!いや、なんか食べたことある味だったんで。あれですよね?これ、あの缶詰使いましたよね?『大都会でもおふくろの味』って書いてあるやつ。」

主婦さん「ああ。倉庫の奥に大量にあったからね。使ったよ。」

男「やっぱり~。いや~懐かしいな。大変だったんですよこのプロジェクト。も~役所が総出で企画進めたんですけど、おじゃんになって。ああ、あの時の残りをここにしまってたんですね。いや~、こんな時に出てくるなんてな~、びっくりだなぁ~。」

社長さん「ちょっと待って。なに、あんた、この倉庫の持ち主なの?」

男「あっ、いや、持ち主というか、ここ、区が所持する倉庫で。僕、ここの役所に勤める公務員といいますか。まあ、そんな感じで。」

社長さん「ちょっと!それ早く言いなさいよ!何がどこにあるか分からないし、大変だったのよ!なによもう~。」

公務員さん「あばばばば。す、すみません!なんか言い出すきっかけが。」

社長さん「いいわよ、もう。」

主婦さん「あ~まあまあ。今度、何かあったら、頼んだわよ、公務員さん!」

公務員さん「はっはい!すみません。ありがとうございます。」


間。

みな、黙々とスープを食す。

ふと、背後から怪しげな人物がにゅっと出てきて、スープを素早く取り、元の位置に戻る。

全員が固まる。

 

若い女「……?」

社長さん「あんたいつからいたの?」

怪しげな人物「……………。(スープを黙々と食す。)」

社長さん「ちょっと、なんか言いなさいよ。」

怪しげな人物「……………。(少し反応するが、また黙々と食す。)」

社長さん「ちょっと!」

怪しげな人物「……………。(そっぽを向く。)」

社長さん「なんなの。」


間。

みな、怪しげな人物を気にしながらも黙々とスープを食す。


若い女「なんか、この倉庫、いろんな人がいますね。」

主婦さん「え?ああ。そうね。主婦に社長に公務員と怪しいそこの彼女。そして?(タレントさんを見て)え~と。」

タレントさん「タレントです!」

主婦さん「やだ、なんか見たことあると思ったら。」

タレントさん「はい!タレントなんですあたし!あっいま、地下アイドルもやってて、今度ライブもあるんで来て下さ~い!」

社長さん「(渡されたチラシを見ながら)なにこれ。大変ね、ここまでやって芸能界にしがみついて。」

タレントさん「はい!一生懸命です!あっ!いま、絶賛練習中なんですよ!あたしのダンス、見てください!!!」

公務員さん「あっ!!!あぁぁ~、ちょっとぉあれかなぁ?酸素濃度そう!酸素濃度が下がるからっ!ここから出られたらにしましょうかっ!ねっ!?」

タレントさん「え~~~!いいじゃないですかぁ~。」

公務員さん「あばばばばば。あっ!じゃあ、あっち!あっちで僕と練習しましょうか?ねっ!?」


公務員さん、必死にタレントさんを止めながら、倉庫の奥に行こうとする。

若い女、事態を把握しニヤニヤする。

公務員さん、若い女に「あとは任せろ」というような目配せをし、タレントさんを連行する。


主婦さん「あなたは?」

若い女「えっ。」

主婦さん「あっ、別に名前とかはいいのよ。ただ、何者なのか気になって。」

若い女「あぁ。学生です。いわゆるFラン大学っていうんですか?に通う4年生です。」

主婦さん「あぁ、学生さんね。通りで若いと思った。」

社長さん「4年生って。もうすぐ卒業じゃない。進路は?」

学生さん「進路ですか……。」

社長さん「就職先とか、大学院に進学とか。あるでしょ何か。」

学生さん「いやぁ。就職活動失敗したし、特に、何も……。」

社長さん「なにも?」

学生さん「はい。何も。」

社長さん「いやいやいや、何もってあんた。今のご時世、就活浪人はきっついわよ~。何かしらやっておいたほうがいいわよ。なんなら、斡旋する?うちの会社?」

学生さん「えっ。いやぁ雑貨とか、よくわかんないし。営業とかも、いまいち。」

社長さん「ちょっと~!しっかりしなさいよ~!」

学生さん「すんません。」

社長さん「私に謝られてもねぇ。」

学生さん「はは。たしかに。まぁ、こんな感じで4年生があっという間に終わったって感じですね。」

社長さん「なによそれ。まったくもう。今どきの若者は、芯がないっていうか我がないっていうか。」

学生さん「いわゆる『ゆとり』ってやつですかね。」

社長さん「私、嫌いよ。その『ゆとり』ってやつ。」

学生さん「あはは。」

社長さん「ちょっと。笑いごとじゃないんだけど。」

主婦さん「まあまあ社長さん~。で、大学では、何を勉強してたの?」

学生さん「特段、何かってわけじゃないんですけど。リベラルアーツ学科なので。」

主婦さん「りべらるあーつ?」

学生さん「あぁ。あんまりメジャーな学科じゃないですよね。イメージ湧かないし。なんていうんですかね。よく言えば何でもまんべんなく学べて、悪く言うと専攻する分野がないっていうか。」

社長さん「また、フワッとした学科ねぇ。そんなとこに入るからフワフワしたまんま卒業するのよ。」

学生さん「耳が痛いっす。」

主婦さん「まあさ、フワフワするのが学生の醍醐味みたいなものじゃない。」

学生さん「そうですね~。ま、フワフワしすぎて、ニート予備軍って感じなんですけど。」

社長さん「あ~ヤダヤダ。そのグダッとした感じ。よく平然としていられるわよね~。わたしには無理。」

学生さん「案外、楽ですよ。」

社長さん「いやいや、なんか生き甲斐ってやつがないじゃない。ダメね、それじゃあ。もっと人生、熱くなれる何かを見つけなきゃ。『自分はこうだ!』ってはっきりしないと。だいたいねぇ、夢ってもんがないわよ、そんなんじゃあ。あなたも何かあるでしょ、生き甲斐みたいなの。」

主婦さん「そうねぇ。私は、子どもたちが生き甲斐かなぁ。」

社長さん「ほおら。素敵じゃない。専業主婦もね、大変らしいわよ。(主婦さんに同意を求め)ねえ、そうなんでしょ。」

主婦さん「まあ。子供が小さいときとか戦場って感じ。今はもうだいぶ大人になったから自立してくれてますよ。」

学生さん「だいぶ大人って。お子さん何歳ですか?」

主婦さん「中1と高1。」

学生さん「え、デカ。」

社長さん「ほらほら、何かないの?あんたも。やりたいこととか。」

学生さん「あ。」

社長さん「あ、じゃなくて。」

学生さん「何かですか。」

社長さん「ええ。」

学生さん「ん~~~……。」


 間。


学生さん「ないっすね。」

社長さん「(呆れ顔)。」

学生さん「いや~。あれば苦労ないんですけどね。ないんですよ。これが。」

社長さん「わかった。一般就職とかは諦めるわ。永久就職はどうよ。」

学生さん「社長さん、やけっぱちですね。」

社長さん「やけっぱちなんかじゃないわよ。専業主婦の話のくだりから考えたら筋の通った流れよ。」

学生さん「ははは。結婚、ですよね?結婚はちょっとなぁ。めんどくさいかな。」

社長さん「なんでよ。いいんじゃないの、永久就職。」

学生さん「いや、結婚が必ずしも幸せとは限らないじゃないですか。『永久』じゃないかもしれないし。ねえ、主婦さん。」

主婦さん「そうね、でも私じゃ説得力ないんじゃない?結婚してるし。」

学生さん「たしかに。でもいいですね、なんか安定してる感じがして。」

主婦さん「私が?」

学生さん「はい。」

主婦さん「そうかなぁ。そう見えるだけかもよ。」

学生さん「いやぁ~安定してそう。なんかわたしも安定したいなぁ~。何にもしなくてもご飯とか出てきてほしい。」

社長さん「あんた、それ安定してるんじゃなくって、ただの自堕落なニートじゃない。」

学生さん「あ、いいっすね、自堕落なニート。あわよくばパトロンとか欲しい。」

社長さん「あんたねぇ。ほんと、『ゆとりの鑑』って感じね。親が悲しむわよ。」

学生さん「ふっ。確かに、そうですね。よくないですね。あはははは。」

社長さん「ちょっと。あんた、何とかしようって気がないでしょ。なんかイライラしてきたんだけど。」

主婦さん「あっ。学生さんさ。悪いんだけど、お鍋洗ってきてくれない。あっちに、御勝手みたいなのあるから。」

学生さん「(空気を察し)あっ。承知しました~。」


学生さん、鍋を持って倉庫の奥に行く。

社長さんが、またもブツブツ言いながら紙コップを片付ける。


主婦さん「……社長さん。」

社長さん「ん?なに?」

主婦さん「主婦って安定してるって言えるんですかね?」

社長さん「わかんないわ。私、未婚だし。」

主婦さん「あ。そうなんですね。」

社長さん「主婦がどんななのか、あなたのほうが知ってるんじゃないのかしら。」

主婦さん「いや~家族って感じがするなあってだけで、安定しているかどうかはちょっと。むしろバタバタしてるかも。」

社長さん「家族ねぇ。いいじゃない、家族。」

主婦さん「いいですよ、家族。」

社長さん「いいわよね、家族って。」

主婦さん「社長さんは、いるんですか、家族。」

社長さん「いまは、いないわね。ひとり。俗にいう、独身貴族ってやつ。」

主婦さん「ご両親とかは?」

社長さん「5年前に、ふたりともぽっくり。」

主婦さん「あ、すみません。不躾なこと聞いて。」

社長さん「いいのよ。私ぐらいの歳になると普通なことだし。あんたは?」

主婦さん「両親ですか?」

社長さん「ええ。」

主婦さん「……もう何年も会ってないからなぁ。」

社長さん「ふーん。どれくらい?」

主婦さん「19の時からだから、もう20年くらいですかね。」

社長さん「まって。あなた何歳?」

主婦さん「え?」

社長さん「昭和何年?」

主婦さん「え~言わなきゃだめ~?」

社長さん「どうせ誰も聞いてないわよ。」


 主婦さん、社長に耳打ち。


社長さん「いや~!うそでしょ~。美魔女よ、美魔女。」

主婦さん「ありがとうございます。社長さんは?」

社長さん「あんたよりも結構いってるわよ。」


 社長さん、主婦さんに耳打ち。


主婦さん「ひえ~~~!ほんとですかぁ?」

社長さん「うん。ちょっとね、若作りしてるだけ。」

主婦さん「人は見た目じゃないってほんとですね。」


 社長さんと主婦さんがひとしきり盛り上がる。

 ふと。


社長さん「あんたさ。なんで親と会ってないの?」

主婦さん「あぁ。」

社長さん「ま、別にいいんだけど、興味が湧いただけだし。」

主婦さん「はあ……。まあ、もう、会えないかなぁって感じですかね。」

社長さん「なに、あんた親に勘当でもされたの?」

主婦さん「ん~。どちらかといえば逆ですかねぇ。」

社長さん「どういうこと?」

主婦さん「………『家出少女』かな。」

社長さん「……家出?」

主婦さん「家出。」

社長さん「……少女。」

主婦さん「もう少女って歳じゃないけど。」


 怪しい人物が俊敏に無言でコップを置きに来る。

 置き終わると自分のポジションにさっと戻る。


社長さん・主婦さん「……。」

社長さん「ねえ。あんた何なの?」

怪しげな人物「……………。」

社長さん「失礼じゃない?その態度。」

主婦さん「(イキる社長さんを制止して)そんなに怖い?私たち。」

社長さん「あなたが金髪だからじゃない?」

主婦さん「社長さんだって派手なスーツ着てるじゃないですか。」

社長さん「派手って言わないでよ。個性的よ、個性的。」

怪しげな人物「……………。」

主婦さん「……なんか、話せない事情でもあんの?耳が聞こえないとか。」

怪しげな人物「……………。(ゆっくり首を横に振る。)」

社長さん「耳は聞こえるみたいね。」

主婦さん「無理に話そうとはしなくてもいいけど、何かあったら意思表示しなよ。」

怪しげな人物「……………。(そっぽを向く。)」

社長さん・主婦さん「……。」


タレントさんが意気揚々と現れる。

それを追って、公務員さんがぜぇぜぇ言いながらやってくる。


タレントさん「あ~いい汗かいた~!」

公務員さん「……はあはあ。タレントさん、元気ですね。」

主婦さん「あら、練習は終わったのかしら?」

タレントさん「はい!公務員さんが、みっちり付き合ってくれて!いい感じに仕上がりましたよ~!」

主婦さん「それはよかったわね~。」

公務員さん「はは。それはそれはもう。素晴らしい完成度で。」

タレントさん「ありがとう~!公務員さん!これでコラボ企画はばっちりだよ~!」

公務員さん「。良かったです。力になれて。」

主婦さん「お疲れ~。じゃあ、私、ちょっとこれ(紙コップを見て)片づけてくるね。」

公務員さん「あっ!すみません!お願いします!」

主婦さん「い~え~。」


主婦さん、倉庫の奥に行く。

タレントさんと公務員さんは水文補給をしながら、あーじゃないこーじゃないと話している。


社長さん「ねぇ、ちょっと。」

公務員さん「はい?」

社長さん「あんたら『生き甲斐』ってある?」

タレントさん「へぇ?どうしたんですかぁ。いきなり?」

社長さん「さっきね、ゆとり学生とかと話してて。」

公務員さん「あ、あの方、学生さんだったんですね。」

社長さん「そう、それはそれは酷い、ゆとり学生よ。」

公務員さん「あはは。まあ、僕もギリギリゆとり世代って感じだからなぁ。人のこと言えないけど。」

タレントさん「あたしは脱ゆとり世代ですかね。」

公務員さん「若いなぁ~。」

社長さん「それでね、最近の若者の傾向を知っておこうと思って。社員の世代を知っておくのも社長の義務でしょ。」

公務員さん「熱心だなぁ、社長さん。タレントさんは何かある?」

タレントさん「は~。『生き甲斐』ですよねぇ。ん~~~。みんなに認められるのが『生き甲斐』かなぁ。」

社長さん「みんなって誰よ。」

タレントさん「え~。難しいなぁ~。ファンとか、事務所の社長とか?あ、あとマネージャーさんとかかなぁ~。」

社長さん「周りの人間に『頑張ってるね』って認められるのが『生き甲斐』ってわけね。」

タレントさん「ん~。まあ、そんな感じかなぁ~。あっ、なんかあれですね。求められたことをこなせて、『すごいね、よかったよ』って言ってもらえる感じが好きですね~。」

社長さん「求められたことって……。なに?あんた好きでタレントやってるんじゃないの?」

タレントさん「何言ってるんですか~!好きですよ~タレント活動。でも、タレント活動自体が好きっていうか。タレントやってる自分が好きって言うんですかね。え~難しいなぁ。」

社長さん「何よ、はっきりしないわね~。で、あんたは?」

公務員さん「……あっですか?」

社長さん「あんた以外誰がいんのよ。」

公務員さん「え~~~。い、『生き甲斐』ですか。なんでしょう。」

社長さん「ええ。」

公務員さん「う、う~ん。そうですね……。」

社長さん「早く言って。」

公務員さん「ひっ。は、はい。」


間。


公務員さん「……『真っ当な人生を送ってる』っていう状況が『生き甲斐』ですかね。」

社長さん「……(怒りに満ちた真顔)。」

公務員さん「あっ!ち、違いますかね?何だろうなぁ。僕、ぐだぐだした生活送ってたんですよね、大学生のころまで。」

社長さん「ふ~ん。で?」

公務員さん「は、はあ。僕、中学から私立に通ってたんですよ。それで、何だかんだ大学院まで同じ学校で。『あ、このままじゃいけないな』って思ったんですよ。それで、一念発起して『公務員』になったっていう。」

社長さん「いいじゃない。」

公務員さん「あ、ありがとうございます。」

タレントさん「でも、なんで公務員だったの?」

公務員さん「そ、そこですよね……。なんか……。いい感じじゃないですか?『公務員』って響き。真っ当な人間って感じしません?」

社長さん「……言っていることは分からないでもないけど、分からないわね。」

公務員さん「わ、分かってないじゃないですか!」

社長さん「全く納得してないわね。」

タレントさん「そしたら、タレントなんてアウトレイジもいいところですね~。」

公務員さん「タレントさんは『アウトレイジな地下アイドル』目指してるんですよね。いいじゃないですか、そのままで。」

タレントさん「あ~、確かに。」

社長さん「もう!あのゆとり学生といい、なんか夢がないわねぇ。」

タレントさん「あたしは夢と希望しかないですよ。」

社長さん「あんたはいいのよ、もう。問題はこっちよ。」

公務員さん「はっ!ぼ、僕す、すみません。」

社長さん「ないの?もっとパッとした感じの夢とか。」

公務員さん「……ですか。」

社長さん「あるの?」

公務員さん「いやぁあるというかなんというか……。」

社長さん「いいわよ、もう。無理に絞り出さなくって。ないんでしょ?どうせ。」

公務員さん「すみません……。」


間。


タレントさん「……社長さんは?」

社長さん「え?」

タレントさん「社長さんの『生き甲斐』って何ですか?」

社長さん「なに、その話まだ続いてたの?ま、いいけど。わたしは、もちろん、自分の作りたいもの作って、それを世の中に産み落としていくのが『生き甲斐』よ。」

公務員さん「はあ~。さすがですね。クリエイティブっていうかバシッとしてますね。」

社長さん「あんたがレロっとしすぎなのよ。」

公務員さん「れ、レロぉ。」

タレントさん「……でもぉ」

社長さん「何?」

タレントさん「それって寂しくないですか?」

社長さん「は?」

タレントさん「なんか、『自分の作りたいものを』って、自分さえ良ければそれでいいって感じがしますけど。寂しくないですか?」

公務員さん「!」

社長さん「そんなことないわよ。」

タレントさん「ふ~ん。」

社長さん「何よ。はっきり言いなさいよ。」

タレントさん「ん~。なんかぁ、もの作ってそれで満足って、他人との関わりが薄そうだなぁって。ひとりぼっち感が強いっていうか。誰かがそばにいないと寂しくないですか?」

公務員さん「ちょ、ちょっとタレントさ。」

社長さん「あんたね、私、社長よ。他人をまとめる立場なんだけど。」

タレントさん「あっそうでしたね。」

社長さん「それにね、社員だってべらぼうな数いんのよ?寂しいなんで言ってられないぐらいワッサワサよ。」

タレントさん「う~ん。そういう人じゃなくってぇ。」

社長さん「何よ。ちょっと、めっそうもないこと言わないで欲しいわ。」

公務員さん「ははは!ほんとにもう、とんでもない!めっそうもない!」


倉庫の奥から学生さんがやってくる。


学生さん「あっ。お取込み中すみません。」

社長さん「取り込んでないわよ、別に。」

学生さん「そうすか。あっ社長さん、こっちに来てもらえませんか?ちょっと蛇口が変な感じになっちゃって。」

社長さん「なに、あんた壊したの?」

学生さん「壊したっていうか、勝手に壊れたんですけど。」

社長さん「んなわけないじゃない。まったく、しょうがないわね『ゆとり学生』は。」

学生さん「申し訳ねぇ。」


社長さん、ブツブツ言いながら学生さんと倉庫の奥に行く。


間。


公務員さん「タレントさん、意外と色々考えてるんですね。」

タレントさん「へ?」

公務員さん「あっいや。意外って失礼ですよね。でも、なんか。さっきの社長さんとの会話を聞いてたら、テレビで見たのとイメージが違うなぁって。」

タレントさん「あぁ。まぁ、テレビでは、キャラっていうんですかね。

『おバカで元気~!』を売りにしてたから。」

公務員さん「は~そうなんですか。そうですよね、芸能人ってイメー

ジとか大事ですよね。大変ですね、なんか。」

タレントさん「大変も何も。求められたことをできないと、やってら

れないですよ~。この業界は。」

公務員さん「そうですよね。」


 間。

 怪しげな人物が、ものすごい勢いでタイピングする。

 驚くふたり。


公務員さん「な、何なさってるんですか?」

怪しげな人物「……………。(黙ってタイピング。)」

公務員さん・タレントさん「………。」

タレントさん「ちょっと見せてください。」


 タレントさんが怪しげな人物のパソコンを取り上げる。


怪しげな人物「!」

公務員さん「あ。」

タレントさん「お~。」

公務員さん「だ、ダメじゃないですか!そんな勝手に。」

タレントさん「すごいですよ~これ!」

公務員さん「え?どれ。」


 ふたりで画面を見る。


公務員さん「……小説ですかね?」

怪しげな人物「……………。(黙って頷く。)」

公務員さん「へぇ~!小説書くんですね。」

タレントさん「もしかして、作家さんとか?」

怪しげな人物「………………………。(黙って頷く。)」

タレントさん「え!すご~い!」

公務員さん「もっと読んでもいいですか?」

怪しげな人物「……………。(黙って頷く。)」

タレントさん「あ!あたし、舞台にも着手しようと思ってるんですよ!これで練習してもいいですか?」

怪しげな人物「……………。(黙って頷く。)」

タレントさん「やった~!じゃあ、さっそくいきますよ~。」


 タレントさんの朗読が始まる。


 「むかし、ヒトデは人間と一緒にくらしていた。そのすがたは、人間とくべつがつかないぐらいにそっくりだった。ただ、違っていたのは、あざやかな青いはだと、しなやかでたくましい手を持っていたということである。ヒトデはいちにちじゅう家の中ですごした。明るいところが苦手だったのである。しかし、ヒトデは人間のことが好きだった。人間とくらすために生きていた。ヒトデは、強くて弱い人間のことが好きだった。人間は、なんのやくにも立たないヒトデのことが嫌いだった。」


タレントさん「なんか、おとぎ話みたいですね。」

公務員さん「不思議な雰囲気。」

作家さん「………………。(パソコンを凝視する。)」

タレントさん「あっ、どうぞ!」


 タレントさん、パソコンを作家さんに返す。

 作家さんは再びタイピングを始める。

学生さんが戻ってくる。


公務員さん「あっ、学生さん。」

タレントさん「水道直りましたか?」

学生さん「いや、いま社長さんが頑張ってくれてます。」

公務員さん「そうですか。」

学生さん「いや、なんか『あんた、本当になんにもできないわね』って追い出されちゃって。」

公務員さん「お気の毒に。」

学生さん「社長さん、なんであんなに尖ってるんですかねぇ。圧力がハンパないっていうか。」

タレントさん「でも、社長さんですよ。他人をまとめる。」

学生さん「そこなんですよね~。社長だったらああいう人の方がいいのかな。あっあはは!」

公務員さん「えどうしたんですか、いきなり?」

学生さん「いや、なんか、恋愛経験なさそうだなって、社長さん。ははは、なんか男とか寄り付かなさそうじゃないですか。」

タレントさん「あはは~!確かに~。」

公務員さん「ちょっと!聞こえたらどうするんですか!」

学生さん「その時はその時ですよ。まあ、なんとかなりますって。」


突然、電気が消える。


学生さん「……社長さんの祟りだ。」


闇の中、社長さんと主婦さんが手探りでやってくる。


社長さん「ちょっと!あんたら何かやったでしょ!?早く電気つけなさいよ!」

公務員さん「何もしてないですよ!」

社長さん「じゃ、なによ?」

主婦さん「電球でも切れた?」

公務員さん「いや、点検したばかりのはずですけど。」

タレントさん「停電ですかねぇ。」

学生さん「まあ、何かあったんでしょうね。国家の危機みたいですし。忘れてたけど。」


 沈黙。

 学生さんが段ボールの中身をごそごそする。


学生さん「あ。これ、点けますね。」


 ランプに照らされて、ぼんやりとあたりが見える。

長い沈黙。


学生さん「………社長さんって、彼氏とかいたことあります?」

社長さん「は?」

公務員さん「ちょ、ちょっと!」

社長さん「どういう意味よ。それ。」

学生さん「いや、なんか懐かしいなあって。」

社長さん「は?」

学生さん「この薄暗くて狭いところに大勢でいる感じ、修学旅行みたいだなって。」

社長さん「は?」

学生さん「修学旅行の夜といえば、相場、恋バナと決まってるじゃないですか。」

タレントさん「あ~確かにそんな感じする~!懐かしいなあ。」

学生さん「ね、懐かしいですよね。修学旅行。」

公務員さん「学生さんとタレントさん、そんなに懐かしむほど年取ってないでしょ。」

タレントさん「そんなことないですよ~。2年も前です。」

主婦さん「その発言、全おばさんを敵に回すよ。」

タレントさん「え~!」

主婦さん「あれね、きっと私たちは懐かしいと思えるほど記憶が鮮明じゃないのね。なんか物悲しいわぁ。」

タレントさん「え~そんなつもりじゃないですよ~。」

学生さん「で、どうします?恋バナ。」

タレントさん「聞きたいです!社長さんの恋バナ!」

社長さん「え、私?」

タレントさん「はい!聞きたいです!」

社長さん「……ないわよ。そんなの。」

タレントさん「そんなこと言っちゃって、本当はあるんじゃないんですか~?」

社長さん「うるさいわね。ないったらないの。」

タレントさん「え~いいじゃないですか~。どうせ行きずりの相手だし~。」

社長さん「……ないって言ってるじゃない!!!」


 社長さんの突然の激昂に全員が固まる。


タレントさん「………。ごめんなさい。」


 沈黙。

 作家さんのタイピングの音が響く。


タレントさん「ごめんなさい。」


 長い沈黙。

 さらに、作家さんのタイピングの音が響く。


社長さん「……いいわよ。」

タレントさん「……?」

社長さん「いいわよ。話してあげる。」

タレントさん「え。」

社長さん「行きずりの相手だしね。」

タレントさん「あ。」

社長さん「……悪かったわね。大きな声出して。」

タレントさん「……あたしこそ、ごめんなさい。」

社長さん「いいのよ。(学生さんを見て。)ちょっと、あんた手伝いなさい。」

学生さん「え、わたしですか?」

社長さん「ええ。」

学生さん「え、何をですか?」

社長さん「いいから、ちょっとこっち来て。」

学生さん「いや。なんか嫌な予感が。」

社長さん「あんた、言い出しっぺでしょ。」

学生さん「あ。」

社長さん「つべこべ言ってないで、ほら。」

学生さん「あ、あ。」


 社長さんが学生さんを隅っこに連行し、ごにょごにょする。


学生さん「え、やですよ。そんな。」

社長さん「うるさい。やるったら、やるの。」


 社長さん、さらにごにょごにょし、センターあたりに舞い戻る。

 学生さんが嫌々、後に続く。


社長さん「さあ、やるわよ。」

公務員さん「何するんですか?」

社長さん「再現よ。」

公務員さん「再現。」

社長さん「私、演劇部だったの。高校の時。」

主婦さん「演劇部。」

社長さん「いくわよ。」

学生さん「……イエッサー。」


 社長ちゃん(15歳)とセンパイ(17歳)の「夕日が綺麗だね」

再現寸劇。


主婦さん「すごい再現率ね。実物は見てないけど。」

学生さん「社長さん、ちゃんと恋してたんですね。」

社長さん「失敬ね。」

公務員さん「しかも素敵な恋じゃないですか。」

社長さん「これで満足でしょ?私の恋バナが聞けて。」

学生さん「満足っていうか、恋バナの域、超えてましたけど。」

公務員さん「見応えばっちりでしたね。」

主婦さん「社長さん、なんで独身なんですか?」

社長さん「え?」

学生さん「あ、やっぱり独身だったんですね。」

社長さん「やっぱりってあんたねぇ。」

主婦さん「社長さん。結婚できるチャンスなら、いくらでもあったんじゃないですか?」

社長さん「まあね。無いことはなかったわね。」

主婦さん「じゃあ何で。」

社長さん「死んだの。」

主婦さん「?」

社長さん「死んだのよ。センパイ。」

社長さん「事故で即死。」

社長さん「8年も付き合ってたのに。」

社長さん「結婚も約束してたのに。」

社長さん「死んじゃったのよ。」


 間。


社長さん「そんなもんよね。人生。うまくいかないのよ。」

社長さん「でも、それ以外はうまくやったわよ。会社も大きくなったし。」

社長さん「悔しかったのよ。そんなことで自分がダメになるのが。」


 間。


公務員さん「だから、そんなに全力なんですね。社長さん。」

社長さん「あんたら『ゆとり』も全力になりなさいよ。」

公務員さん「はい。」

タレントさん「ごめんなさい。」

社長さん「え?もういいってば。何だかんだやってみたら楽しかったし。」

タレントさん「さっきのじゃなくて。」

社長さん「なに?」

タレントさん「社長さんのこと『寂しい』って言ってごめんなさい。」

社長さん「いいのよ。実際そうかも知れないし。」

タレントさん「え。」

社長さん「社員と恋人じゃ、そりゃあ違うわよね。」

タレントさん「あ。」

社長さん「プライベートなんて微塵もなかったから。寂しい女っちゃあ寂しい女ね。」


 間。


公務員さん「(大きな声で)あります!!!」

社長さん「なによ。びっくりするわね。」

公務員さん「夢、あります!僕!」

社長さん「夢?」

公務員さん「さっき、聞いてくれましたよね、社長さん。『夢はあるのか』

って。」

社長さん「えええ、聞いたわね。そういえば。」

公務員さん「あるんですよ。僕。夢が。」

学生さん「夢ですか。」

公務員さん「社会人になってから、ずっと隠してました。」

社長さん「なんでよ。」

公務員さん「後悔すると思って。」

社長さん「後悔。」

公務員さん「なんで諦めちゃったのかなって。」

社長さん「後悔ねぇ。」

学生さん「なんなんですか?公務員さんの夢って。」

公務員さん「(学生さんにスマートフォンを渡し)これ、ここ、お願いし

ます。」

学生さん「あ、わかりました。」


 公務員さんがガラクタの中からマイク(おもちゃか本物)を取り出し、XJAPANの「紅」を熱唱する。(キャストによって曲は変更する予定。)

 歌い終わり、全員(作家さん以外)がぽかんとし、遅れて拍手する。


学生さん「公務員さんにそんな特技があったなんて。」

公務員さん「よく意外だって言われます。」

主婦さん「上手じゃない。」

公務員さん「ありがとうございます。」

主婦さん「バンドとか組んでみたら?案外イケるんじゃない?」

公務員さん「大学では軽音楽部に入ってたんですけど。」

社長さん「なに、辞めちゃったの?」

公務員さん「ええ。まあ、趣味に留めておくのが無難かな、と。」

主婦さん「なんか、もったいないわね。」

公務員さん「まあ、迷った時期もあったんですけど。」

学生さん「じゃあ、公務員さんの夢はミュージシャンですか。」

公務員さん「まあ、お恥ずかしながら。そんなところですかね。」

学生さん「は~けっこう大きな夢ですね。」

公務員さん「まあ、諦めちゃったんですけどね。」

社長さん「なんで公務員なんかになったのよ。」

公務員さん「そうですよねなんだか、人生置きにいっちゃいました。」

社長さん「『真っ当な人生』ね。」

公務員さん「……はい。売れるか売れないか分からないじゃないですか。ミュージシャンって。」

学生さん「まあ、そうですよね。」

公務員さん「あ、タレントさんみたいに成功する人も、もちろんいるとは思うんですけど。」

タレントさん「いったんブレイクしても、一時的なものってこともありますよ。」

公務員さん「あ。やっぱり大変ですよね。なんか、そういう職業よりも、今の職業選んじゃいましたね。」

社長さん「なによ、今からでも遅くないじゃない。」

公務員さん「え。」

社長さん「あんた若いし、才能あるし。」

公務員さん「そんな才能なんて。」

社長さん「私がお世辞とか言うような人間に見える?」

公務員さん「いや、この数時間では、そのような人には。」

社長さん「そうでしょ。」

公務員さん「はい。」

社長さん「ほら。」

公務員さん「……でも。」

社長さん「でも?」

公務員さん「もう、いいんです。」

社長さん「なんでよ。」

公務員さん「いいんです、もう。」

社長さん「なによ。やっぱりつまんないわね、あんた。」

公務員さん「生き甲斐ですから、今のこの安定した状態が。」


 間。


学生さん「……いよいよ修学旅行っぽくなってきましたね。」

社長さん「……悪くないんじゃない。暴露大会っぽい感じ。」

主婦さん「じゃあ、私もいい?」

学生さん「え?」

主婦さん「暴露。」

学生さん「あぁ。ええ、どうぞ。」

主婦さん「ありがとう。」

学生さん「寸劇でもします?手伝いますよ。」

主婦さん「私はいいわよ。演劇やってなかったし。」

社長さん「あら、残念。」

主婦さん「じゃあ始める前にちょっと注意事項。」

学生さん「何でしょう。」

主婦さん「……絶対に驚かないでね。絶対よ?いい?」


 主婦さんと作家さん以外の全員が頷く。


主婦さん「……では、僭越ながら。」


 主婦さんがモゾモゾと服を脱ごうとする。


公務員さん「ちょ、ちょ、ちょっと!何してるんですか!?」

主婦さん「驚かないって約束したでしょ。」

公務員さん「いやしましたけど!」

主婦さん「いいから。」

公務員さん「は、はあ……。」


 主婦さんが服を脱ぎ始める。

 そして、バッと上に着たものを脱ぐと、肩にある大きな入れ墨が露わになる。

 全員が一瞬、息をのむ。


公務員さん「……こ、これは。」

社長さん「すごい入れ墨ね。」

学生さん「主婦さんって。」

主婦さん「ヤクザの嫁。」

公務員さん「り、リアルアウトレイジじゃないですか。」

主婦さん「しかもね、多摩地区を仕切ってる若頭の嫁。」

社長さん「若頭ねぇ。」

主婦さん「どう?結構な暴露じゃない?」


 ちょっと間。


学生さん「でも、まあ、言われてみれば。」

社長さん「そんな感じかも。」

公務員さん「確かに。」

主婦さん「ちょっと~!驚かないとつまんないじゃない~。」

公務員さん「お、驚くなって言ったじゃないですか!」

主婦さん「振りよ、振り。芸人とかによくあるでしょ?そこは驚かないと~!」

学生さん「わてらに、そんなスキルないっす姐御。」

公務員さん「か、堪忍してくだせえ姐御。」

主婦さん「あら、案外それっぽいじゃない、二人とも。」

公務員さん「や、やめてくださいよ!僕、公務員ですよ!」

主婦さん「それがねぇ。多いのよ、普通のサラリーマンっぽい人。」

公務員さん「そ、それはそれで怖いですね。」

主婦さん「でも、そんなに意外じゃなかった?私がそっちの人なの。」

学生さん「いや、だって金髪メッシュだし。」

主婦さん「それは暴走族とかそこらへんにいるヤンキーでしょ。組のもんはもっと黒髪が多いわよ。」

学生さん「組のもん。」

社長さん「あんた、親に会えないって言ってたの、(主婦さんの肩を顎で指し。)それのせい?」

主婦さん「そういうことです。」

社長さん「親は反対したんじゃない?結婚。」

主婦さん「かなり。」

公務員さん「そりゃあ、反対するでしょうね。」

主婦さん「家とは縁切ったわ。」

公務員さん「絶交ですか。」

主婦さん「私の家がもっと普通の家だったら、まだマシだったかもね~。」

学生さん「普通じゃないんですか?」

主婦さん「まあ、普通っていう定義も難しいけどね。」

学生さん「でも、一般的な家庭じゃないってことですよね?」

主婦さん「そうね、一般的ではないかも。」

社長さん「どんな家なのよ?」

主婦さん「社家。」

公務員さん「しゃ、シャケ?」

主婦さん「ふふっ!それじゃあサーモンじゃない。鮭じゃなくて社家。」

学生さん「神社の家ってことですよね?」

主婦さん「わかってるじゃない。」

学生さん「前に、大学の授業でちょっと。」

社長さん「なによ。リベラなんとかも侮れないじゃない。」

学生さん「リベラルアーツ学部です。」

公務員さん「なんで、その「しゃけ」だとなおさら大変なんですか?」

主婦さん「私んちね、かなり有名な社なのよ。」

社長さん「どんくらい?」

主婦さん「東京の人なら誰でも知ってますよ。ほら、多摩の山の方にある。」

学生さん「え、もしかして天狗で有名な所ですか?」

主婦さん「あ、そこそこ。」

公務員さん「あ!僕、毎年初詣そこです。」

主婦さん「どうも御贔屓に。」

学生さん「あそこ、めちゃめちゃ歴史ありますよね?何百年とか。」

主婦さん「312年。」

公務員さん「そ、それは由緒あるどころの騒ぎじゃ。」

主婦さん「私ね、そこの一人娘なのよ。しかも、父は、あ、父って宮司のことなんだけど、その宮司は血縁関係のある人にしか継がせないって言い張ってて。」

社長さん「責任重大じゃない。」

主婦さん「そうなんですよ。でも私、嫌で。」

社長さん「家、継ぐのが?」

主婦さん「ええ。」

公務員さん「何でですか?」

主婦さん「そりゃねぇ、別にやりたい仕事じゃなかったし、婿養子取るのも嫌だったし、資格取るのも面倒だったし。」

公務員さん「婿養子。」

学生さん「社家の女性にとって珍しいことじゃないですよ。」

公務員さん「資格。」

学生さん「必要なんです。神主になるために。」

主婦さん「あなた、ほんとによく知っているわね。そうなのよ。しかも、私の場合、絶対に宮司になるって決まってるから専門の大学に行かなくちゃいけないし。」

公務員さん「大変なんですね。」

主婦さん「それに、結婚したい相手がねぇ。」

学生さん「ヤーサン。」

公務員さん「宮司の夫が極道は、ちょっと。」

主婦さん「でしょ?」

公務員さん「それで、いばらの道を選んだってわけですね。」

主婦さん「逆ね。」

公務員さん「え?」

主婦さん「私にとっては由緒ある神社の宮司になるほうが、いばらの道だと思ったのよ。」

公務員さん「はあ。」

主婦さん「だって、やりたくない仕事のために、自分の時間も好きな人も奪われるんだから。いばらの道でしょ?」

社長さん「それで、結局、両親の許しは得ずに強行突破したわけ?」

主婦さん「はい。その時から、両親とはもう会わないって決めました。」

社長さん「それで家出少女ってわけね。じゃあ、神社はどうなるのよ?」

主婦さん「このままだと父が亡くなると同時に神社もって感じです。」

社長さん「300年が?」

主婦さん「ええ、300年の歴史が幕を下ろしますね。」

社長さん「いいの、それで?」

主婦さん「両親は泣いてましたけど、でも、いつかは終わるものじゃないですか、ぜんぶ。」

学生さん「諸行無常ですね。」

主婦さん「それは、どっちかって言うと仏教的な考え方ね。」

学生さん「そうですかね。」

主婦さん「だって無常観でしょ?神仏習合的な考え方って言ったって、これは仏教よりじゃない?」

公務員さん「しんぶつしゅうごう。」

学生さん「なんだ、ちゃんと勉強してるじゃないですか。」

主婦さん「たまたまよ。これくらい、みんな知ってるでしょ。」

公務員さん「みんな知ってる。あ、でも、自分の家族に会いたいとか思いません?」

主婦さん「思わなくもないけど。今の暮らしで十分、幸せだから。」

学生さん「幸せかぁ。」

公務員さん「主婦さんの話聞いてると、幸せの定義がわからなくなりましたね。」

主婦さん「アウトレイジも悪くないわよ。ね、タレントさん。」

タレントさん「……へ?……は!そうですね!」

公務員さん「いや、僕はちょっと。」

主婦さん「ふふ。そうだったわね。」


 少しの間。


主婦さん「さ、私の話は終わり。次、行きましょう。次。」

学生さん「はい?」

主婦さん「こうなったら全員いきましょうよ。暴露大会。」

社長さん「いいんじゃない。」

主婦さん「じゃあ次はタレントさん。」

タレントさん「あ。あたしですか~。」

主婦さん「はい。タレントさん。」

タレントさん「え~~~。」


 間。


タレントさん「………あたし、タレントなんて嫌。」

社長さん「いいわね。」

公務員さん「なかなかに衝撃発言。」

タレントさん「ごめんなさい。ファンなのに。」

公務員さん「あ!いいんです!」

タレントさん「ありがと。」

社長さん「で?」

タレントさん「あたし、高校生の時にスカウトされて、芸能界デビューしたんですけど。」

公務員さん「デビュー当初から期待の新星でしたよね!」

タレントさん「そうなんです。そこだったんです。」

社長さん「いいことなんじゃないの?」

タレントさん「事務所も家族も、ものすごい期待してくれて。」

学生さん「はい。」

タレントさん「あたし、それまで高校受験失敗するし、成績も悪いし、友達もいないし、家族とも仲良くないし。」

公務員さん「意外ですね。」

タレントさん「ほんとに、ダメな子で。でもやっと、自分の居場所ができたっていうか。」

社長さん「居場所。」

タレントさん「欲しかったです。居場所。」

社長さん「あぁ。」

タレントさん「教室でも家でもひとりぼっち。お昼ご飯はトイレで菓子パン。この寂しさ、わかります?」

公務員さん「誰にも相手にされないって辛いよね。」

タレントさん「別にタレントがやりたかったってわけじゃないんです。でも、みんなが私のことを見てくれた。かわいいね、すごいねって言ってくれた。」

公務員さん「タレントさんは、みんなに自分の存在を認められたかったんですね。」

タレントさん「はい。」

タレントさん「みんなが、こんなにも私に期待してくれてるって思うと嬉しかったんです。だから、その期待に応えなきゃって。」

社長さん「でも、あんたが本当にやりたいものじゃなかったんでしょ?」

タレントさん「自分がやりたいとかどうでもよかったんですよ。」

社長さん「あぁ。」

タレントさん「ただ、私がここにいてもいいんだって、許されたかった。」

社長さん「なによ。なんかこっちまで辛くなってくるじゃない。」

タレントさん「社長さんは辛くないですよ。さっき、(チラシを見て)こんなことまでしてって言ってましたよね。」

社長さん「それは、あんたのこと全然知らなかったから。」

タレントさん「いいんです。私も内心こんなものって思ってましたから。」

公務員さん「こんなものって。」

タレントさん「来年には、もうハタチになるのに、こんなの着て『わ~』って。バカみたい。」

公務員さん「そんなこと。」

タレントさん「ほんとはもっと、本当の自分を愛してほしかった。」

タレントさん「(ライブのチラシとフリフリの服を見ながら。)こんなことしてまで芸能界にしがみ付きたくなかった。でも………。」

タレントさん「…………でも…………。」

タレントさん「…………ひとりになりたくない。」

タレントさん「私がここで頑張らないと、みんなどこかに行っちゃう。きっと私のことなんて見向きもしない。そんなの嫌だよ………。」

タレントさん「ほんとはタレントなんて嫌なのに………。」


 タレントさんが泣き出してしまう。

 少し落ち着いてから。


タレントさん「こんなもの。こんなもの!」


 タレントさんがライブのチラシをびりびりに破る。

 憑き物が落ちたように座り込むタレントさんを、公務員さんが「辛かったね。」と言いながら優しくさする。

 作家さんのタイピングの音が響く。


社長さん「……(作家さんに視線を向け。)次はあんたね。」

作家さん「(びくっとする。)」

社長さん「ずっと黙ってるつもり?」

主婦さん「まあ、言いたくなければいいんじゃないですか。」

社長さん「いや、ここまで聞いておいて、自分だけってのはどうなのかしら。」

主婦さん「そう言われるとまあ。」

作家さん「…………(少し狼狽える。)。」

社長さん「あんた、聞いてたでしょ。今までの暴露。」

作家さん「…………(慌てて段ボールの中の耳栓をする。)。」

社長さん「いや、今さら遅いから。」

作家さん「…………(そっぽを向く。)。」

社長さん「あんたねえ。勝手に食うわ、黙ってるわ、挙句の果てにその態度ってどうなの?」

主婦さん「まあまあ社長さん。」

社長さん「もう頭にきた。さっきからカチカチカチカチうるさいし、なんなのよ!」


 社長さんが、作家さんのパソコンを取り上げようとする。

 揉みくちゃ一歩手前。


主婦さん「ちょっと社長さん!」

公務員さん「だめですよ!そんなに乱暴しちゃ!」

社長さん「うっさいわね。離しなさいよ。」


 荒ぶる社長さん。止める主婦さん・公務員さん。動かぬ作家さん。慌てるタレントさん。

 揉みくちゃ。


学生さん「はい!!!」


 全員の動きが止まる。


学生さん「はい。わたしに考えがあります。」

社長さん「(息を切らしながら。)な、なによ。」

学生さん「わたしが、その人の代理になります。」

公務員さん「(息を切らしながら。)だ、代理?」

学生さん「わたしが代わりにその人のこと暴露します。」

社長さん「なにそれ。私は気に食わないんだけど。」

学生さん「そこをなんとか。」

社長さん「自分で話させなさいよ。」

学生さん「(作家さんを見て。)どうする?」

作家さん「…………………。」

社長さん「ちょっと。」

学生さん「自分で言わないなら、わたしが言うけど。」

作家さん「(少し怯えた顔をする。)」

学生さん「いい?」

作家さん「……………。(小さく頷く。)」

社長さん「もう、好きにしなさいよ。」

学生さん「じゃあ。この人、作家です。」

公務員さん・タレントさん「「あ。」」

学生さん「あ、ご存じでした?」

公務員さん「いや、それより何で分かったんですか?」

学生さん「同級生です。小学校の。」

作家さん「!」

学生さん「すぐ不登校になって、学校辞めちゃったけど。」

作家さん「……………。」

公務員さん「不登校ですか。」

学生さん「たぶんいじめだったんじゃないかなって思うんですけどね。」

主婦さん「いじめ?」

学生さん「不登校の原因です。どこまでがいじめなのか、わたしにはよくわかんないですけど。」

主婦さん「あら。」

学生さん「そんで、そのあと引きこもりになったって噂で聞いてたんですけど、何年か前にSNSで、この人の短編小説が注目されて作家デビューしたんです。」

公務員さん「はあ。」

学生さん「みんな気がついてなかったけど、わたしは『あ、あの子だな』って思ったんですよ。」

タレントさん「なんで?」

学生さん「休み時間に一度だけ読ませてもらったんです。小説を。それで、分かったんです。『あ』って。」

公務員さん「よくわかりましたね。」

学生さん「面白かったんですよ。この人の小説。今もだけど。」

学生さん「……(作家さんに視線を向け。)ね、さっきも書いてたんでしょ?小説。」

作家さん「……………。(小さく頷く。)」

学生さん「読んでもいい?」

作家さん「……………。(小さく頷く。)」


 学生さんが作家さんのパソコンを受け取り、朗読を始める。


 「むかし、ヒトデは人間と一緒にくらしていた。そのすがたは、人間とくべつがつかないぐらいにそっくりだった。ただ、違っていたのは、あざやかな青いはだと、しなやかでたくましい手を持っていたということである。」


 タレントさんが朗読する。


「ヒトデはいちにちじゅう家の中ですごした。明るいところが苦手だったのである。しかし、ヒトデは人間のことが好きだった。人間とくらすために生きていた。」


 公務員さんが朗読をする。


「ヒトデは、強くて弱い人間のことが好きだった。人間はなんのやくにも立たないヒトデのことが嫌いだった。ヒトデは、人間になりたかった。人間になるため働こうとした。」


主婦さんが朗読する。


「でも、ヒトデは人間のようにはすばやく動くことはできないし、しなやかでたくましい手は、ぶきようにしか動かすことができず、何かを作り出すこともできなかった。」


社長さんが朗読する。


「なにより、明るい太陽の光がつらかった。それでも、ヒトデはけんめいに働いた。死にものぐるいで人間のせかいにしがみついた。『何をしたところで、ヒトデはしょせんヒトデ。』とだれかが言った。」

学生さんが朗読する。


「ヒトデは、人間になれなかった。青いはだも青いまま。ぶきようなくせにいやにしなやかな手もそのまま。ヒトデはくるしかった。くるしくてどうしようもなかった。そして、そして、ヒトデは……


学生さんが読みあげる前に、作家さんがものすごい速さでパソコンを

取り上げる。


主婦さん「……そして?」

タレントさん「そのあと、どうなっちゃうんですか?」

作家さん「………………。」

学生さん「これ以上は?」

作家さん「………………。(パソコンを強く抱きしめる。)」

学生さん「そっか。」

社長さん「なんか辛気臭いわね。」

学生さん「わたしは好きですよ。こういう話。なんかうす暗くって、現実と幻想の狭間っていうか。あ、今この倉庫もそんな感じですね。国家の危機って言っても現実味ないし。」


 間。


社長さん「(学生さんを見て)で、あんたは?」

学生さん「あ。」

社長さん「『あ。』じゃないわよ。『あ。』じゃ。」

学生さん「ばれましたか。」

社長さん「ばれるでしょ。」

学生さん「いや、作家さんのぶん言ったしいいかなって。」

社長さん「よくない。」

学生さん「ですよね。」

社長さん「早く言いなさいよ、暴露。」

学生さん「わかりましたよ。じゃあ。」


 沈黙。


学生さん「ないっすね。」

社長さん「あんた、この期に及んで何言ってんの。」

学生さん「いや、無いもんは無いっすね。」

社長さん「なんかあるでしょ。なんか。」

学生さん「なんかって。」


 間。


学生さん「じゃあ。」


 間。


学生さん「人って成長しないほうが幸せだなって思うんです、わたし。」

社長さん「あ?」

学生さん「あ、これ暴露ではないですね。」

社長さん「ちょっとよくわかんない。」

学生さん「社長さんが言ったんじゃないですか、『なんか』って。これが絞り出した『なんか』です。」

社長さん「わかったわよ。説明して。」

学生さん「ありがとうございます。」

学生さん「なんか自分って子供だなって。」

社長さん「否めないわね。」

学生さん「ふふ。確かにそうなんですよ。いま、みなさんの話を聞いてて思いました。『あ、きっとこの人たちは、立派に成長してるから苦しいんだな』って。わたし、子どもだからわかんないんです。そういう苦しみとか悩みとか。」

公務員さん「そうかなぁ。僕とか全然こどもっぽいけど。」

学生さん「そんなことないですよ。世間体気にして公務員になろうなんて、こどものわたしには出来ません。」

公務員さん「歯に物着せぬ言い方だなぁ。合ってるけど。」

学生さん「あ、すみません。」

公務員さん「あ、いいんですよ、全然!」

学生さん「まあ、思ったこと言っただけですけど。」

公務員さん「げ。」

主婦さん「で、ほかには?私たちの話聞いて何か思った?」

学生さん「あ、そんなに気になります?」

主婦さん「だって、あなた、何考えてるか分かんないから。」

学生さん「あ、それ、よく言われます。あんまり何にも考えてないんですけど。」

主婦さん「ねぇ、私たちって苦しんでるように見えたの?」

学生さん「え、あ、はい。」

主婦さん「みんな?」

学生さん「はい。わたし以外。」

主婦さん「そうかしら。」

学生さん「わたしにはそう見えます。」

主婦さん「私も?」

学生さん「はい。もちろん。」

主婦さん「そうなの。」

社長さん「たしかに、(タレントさんを見て)あんたとか苦しそうね。」

タレントさん「たしかに苦しいですけど。」

公務員さん「僕もですか?」

学生さん「あ、わたしに聞いてます?」

公務員さん「もちろん。あなたの暴露時間ですから。」

学生さん「ああ。そうですね。公務員さんも苦しそうです。」

公務員さん「はあそうですかね。どのあたりが?」

学生さん「え。なんて言うんでしょう。なんか『グッ』て感じ。」

公務員さん「グ。」

学生さん「こう、なんか『グッ』って踏ん張ってる感じ、無理して。」

社長さん「無理?」

学生さん「う~ん。流されればいいのに無理してへばりついてる感じっていうんですかね。」

タレントさん「へばりついてる?」

学生さん「はい。こういう感じで。」

社長さん「なによ。それ。」

学生さん「あ、いま、わたし変な格好してます?」

主婦さん「だいぶエキセントリックな感じに仕上がってるわよ。」

学生さん「そこは、アーティスティックって言っていただきたいですね。」

社長さん「あんまり変わらないじゃない。」

学生さん「ま、たしかに。」

社長さん「なんか、あんた見てると気が抜けるわね。」

学生さん「わたし、基本気ぃ抜けてますからね。みなさんが考えすぎなんじゃないですか。」

公務員さん「いやそんなことは。」

学生さん「考えすぎて、『グッ』ってなってますよ。」

公務員さん「グ。」

学生さん「みなさん、『グッ』ってなりすぎて、肝心なこと言えてないんじゃないですか?」

社長さん「は?」

学生さん「みなさん辛いんですよね?苦しいんですよね?だったら辞めちゃえばいいのに。」

社長さん「辞めるってなにを?」

学生さん「社長さん、センパイのこと後悔してますか?」

社長さん「そんなの、もう忘れたわよ。ちょっとなによ、いきなり。」

学生さん「そんなことに負けたくないって意地張ってるんですよね?だったら、意地張るの辞めて、さっさと新しい彼氏つくって結婚すれば良かったのに。」

社長さん「べつにそんなんじゃ。」

主婦さん「さっさとって。そんな言い方しなくても。」

学生さん「主婦さん。『グッ』ってなってますよ。本当は家族に会いたいんじゃないですか?だったら今の暮らしを辞めてでも、家族と話しに行けばいいじゃないですか。」

主婦さん「そんな……。」

学生さん「絶対に会うもんかって思ってる人は、神仏習合なんて単語スラスラ出てこないと思います。勉強なさってるんですね。」

公務員さん「あ、やっぱり専門用語だったんだ。」

学生さん「そんな公務員さんも。ミュージシャンになりたかったのなら、公務員なんて辞めて、ぱ~っと弾けちゃえばいいじゃないですか。さっきみたいに。」

公務員さん「あ、いや……。」

学生さん「さっきの公務員さん、めっちゃ良かったですよ。」

タレントさん「たしかに。」

学生さん「はい、タレントさん。そんなに苦しいなら、タレントなんて辞めたらどうですか。」

タレントさん「えあ。だって、ひとりに……。」

学生さん「辞めたことないのに断言できるんですか?」

タレントさん「え、それは……。」

学生さん「悲しくなってる自分に浸ってるだけなんじゃないの?」

タレントさん「あ……そんなこと!」

公務員さん「ちょ、ちょっと、やめてください!」

学生さん「自分を殺してるのは、自分自身なんじゃないんですか。」

主婦さん「学生さん。」

学生さん「あ、『グッ』って首を絞める感じにも似てますね。」

社長さん「ちょっと!」

学生さん「みなさん、なんで本心を言わないんですか?」

公務員さん「やめましょうって!」

学生さん「みなさん『何』から逃げてるんですか?」

社長さん「いい加減にして!あなたこそ、自分の『将来』から逃げてるんじゃないの?自分が大人になることから逃げてるんじゃないの?」

学生さん「社長さん、わたしは逃げていたいんです。このまま終わってしまえばいいのにって思ってるんです。でも、あなたたちは違う。」

主婦さん「みんなやめよう。」

タレントさん「違うってなんですか?何が違うんですか!?あなたも逃げてるんですよね?私だって。私だって、自分の『本音』から逃げてるんです!」

公務員さん「僕だって。」

主婦さん「やめてったら。」

公務員さん「僕だって自分の『夢』から逃げてる!」

社長さん「私は逃げてない。何からも逃げてないわよ!」

主婦さん「あなたは自分の『幸せ』から逃げてる。」

社長さん「えっ。」

主婦さん「あなたはもっと幸せになったっていい。」

社長さん「やめてよそんな。」

主婦さん「あなたが幸せになったって誰も責めない。」

社長さん「結婚だけが幸せってわけじゃないでしょ。」

学生さん「あなたは『何』から逃げてるんですか?」

主婦さん「自分の『現実』から逃げてる。」

学生さん「そう、逃げてるんです。」

タレントさん「逃げてる?」

学生さん「逃げていたのは。」

公務員さん「逃げていたのは?」

社長さん「逃げていたのは。」

主婦さん「逃げていたのは。」

タレントさん「逃げていたのは!」

公務員さん「逃げていたのは!!」

社長さん「逃げていたのは!!!」

主婦さん「逃げていたのは!!!!」

学生さん「逃げていたのは。」

5人「「「「「『自分から』だ。」」」」」


 長い沈黙


主婦さん「……行きましょう。」

公務員さん「……どこに?」

主婦さん「……この倉庫の外に。」

社長さん「……でも、危ないわよ。」

公務員さん「死んじゃうかも。」

タレントさん「……それでもいい。」

公務員さん「……え?」

タレントさん「それでもいいんです。このままよりは。」

公務員さん「……そうですね。」

主婦さん「行きましょう、一緒に。」

公務員さん「……行きましょう。」

主婦さん「社長さんも。」

社長さん「………ええ。」


 4人は、逃げることをやめた。

 重い倉庫の扉を開けて、国家の危機が迫る外へと踏み込んでいった。

 倉庫の真ん中に学生さんがぽつねんと残された。

 壊れかけたラジオから雑音と共にリポーターの淡々とした声が聞こえる。


ラジオ「たったいま『何か』が起こり、日本の主要都市が消滅しました。」


 ラジオの雑音だけが響いた。

学生さんが立ち尽くす。


段ボールの陰に隠れていた作家さんがそっと出てきて、雑然と散らばった段ボールの中身や紙くずを片付けていく。

そして、ふっと朗読する。


 「そして、ヒトデは人間のせかい、自分のいばしょ、自分のせかいから、にげることにした。ヒトデはにげた。走ってにげた。ヒトデのからだは、あざやかな青いはだとしなやかでたくましい手だけがのこった。ヒトデは、海にとびこんだ。ヒトデはもう、人間のせかいにはかえらない。いつまでも、いつまでも、暗くしずかな海をにげる。」


作家さん「あなたも、にげるの?」


 作家さんが重い倉庫の扉を開けて、出て行く。


 再び、ラジオの雑音だけが倉庫に響いた。

 

幕。